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明治維新の危機感は「九州・西日本」から生まれた。―危機感なき東京。

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明治維新の原動力となったのは、東京(当時の江戸)ではありませんでした。
薩摩(現在の鹿児島)や長州(現在の山口)といった、九州・西日本の地域でした。

これらの地域では、日常的に外国船を目にしていました。
海の向こうから迫る列強の存在を肌で感じ、「このままでは植民地にされる」という切実な危機感を持っていたのです。

だからこそ彼らは、命がけで旧体制を壊し、新しい国家をつくろうとしました。
明治維新は、理想論ではなく、現実的な危機意識から生まれた変革でした。

一方、江戸(現在の東京)は政治の中心ではありましたが、外国の脅威は間接的でした。
黒船来航という衝撃はあったものの、日常的に外圧を感じる環境ではなく、危機感が鈍くなりやすい構造にあったと言えます。

 

現在の日本の状況

現代の日本でも、安全保障、人口減少、経済競争、技術覇権など、国家の根幹に関わる危機は確実に迫っています。

実際、中国共産党の独裁政権は、レアアースの輸出制限といった国際法違反の手段を用い、日本に対して露骨な圧力をかけています。

しかし、東京にはその切迫感が十分に共有されているとは言えません。

・世界と本気で競っている実感が乏しい
・日本全体の人口が減っても、東京は人口を維持し、都市機能が維持されている
・既得権や制度が温存され、抜本改革が先送りされる

その結果、東京発の議論は「現状維持」や「小手先の改革」に終始しがちです。

 

東京は「最先端」ではなく「時代遅れ」になりつつあります

東京には、人口も資本も情報も集まっているにもかかわらず、意思決定は遅く、発想は保守的です。

この構造は、幕末の江戸とよく似ています。

本当の危機感は、
・国際競争に直接さらされている地域
・人口減少の現実を突きつけられている地域
から生まれます。

実際、21世紀の今も、中国海軍は鹿児島沖、特に大隅半島周辺で活動を活発化させています。
安全保障の最前線に立たされている地域では、危機は「テレビで見るニュース」ではなく「現実」です。

明治維新がそうであったように、次の日本の転換も、東京ではなく、九州・西日本から始まる可能性は十分にあります。

歴史は、常に「最も危機を感じた場所」から動いてきました。21世紀の日本も、その例外ではないのかもしれません。

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