2018年8月撮影
武田薬品工業は、「武田御堂筋ビル」(大阪市中央区)などのビルを約600億円で売却すると報道された。
2018年10月にも入札を行い、2018年末までに売却先を決める予定。
武田薬品工業はアイルランドの製薬大手シャイアーを約7兆円で買収する計画で、財務内容の悪化を緩和する狙いがあるとされる。
武田薬品工業は売却後も賃貸して使用を続けるとみられる。武田薬品工業の大阪本社には開発部門を中心に約430人が勤務しているが、東京本社の約800より少ない。
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武田薬品工業 大阪工場(十三)の業績
- 1987年 「C-70工場棟」が大阪工場に竣工した。原材料の供給から製剤、小分・包装、製品の出荷にいたるまでの全ラインをコンピューターによって運転・制御し、自動化を実現した画期的な工場
- 消化性潰瘍治療薬「タケプロン」1992年 大阪工場で生産開始
- 前立腺がん治療薬「リュープリン」1994年 大阪工場で生産開始
- 高血圧症治療薬の「ブロプレス」1997年 大阪工場で生産開始
- 糖尿病治療薬「アクトス」1999年 大阪工場で生産開始
これらの4つの治療薬の売上貢献し武田薬品工業は2000年頃には現預金約2兆円を保有するに至った。
ところが、創業家以外で初めて2003年に社長になった長谷川閑史氏(山口県出身 早大政経卒)は、2006年に旧湘南工場跡地に「湘南研究所」を建設することを決定した。
その後、2011年に大阪工場と筑波の開発部門を神奈川県湘南研究所に移転させた。
この結果、
武田が大阪市内に研究所を構えていた頃、京都大学や大阪大学の薬学部修士課程修了者の就職先人気はダントツで武田だった。
ところが研究所を神奈川県に移して以降、関西に研究所を構え続ける塩野義製薬や小野薬品工業の人気が高まり、逆に武田は、優秀な学生の確保に苦慮するようになってしまった。
引用 Business Journal http://biz-journal.jp/2016/05/post_14942_2.html
小野薬品工業「オプジーボ」開発販売
武田薬品工業が大阪工場の開発部門を2011年に神奈川県湘南研究所に移転した後、2014年大阪に研究所を持つ「小野薬品工業」が、画期的な癌治療薬「オプジーボ」を発売した。
コメント
武田薬品工業は大阪本社ビルを売却するが、そのまま賃貸契約を締結して営業は続ける。
勘違いしている人がいたので、書いてみました。
もちろん、将来的に、「大阪本社」を全面的に撤退する可能性はあるが、現在のところ決定はしていない。
武田薬品工業が大阪から完全に撤退するならそうすればいい。
資生堂は大阪工場を彩都に新築しているし、小野薬品工業は大阪府島本町の水無瀬研究所を増築している。
また、ペプチスターは大阪府摂津市内の塩野義製薬の工場内に新工場を建設している。