
「神戸は大阪の下位互換だ。」
インターネット上では時々そんな言葉を見かける。しかし、これは神戸の魅力を理解していない人たちによる乱暴な意見であり、断じて正しくない。
神戸は大阪の下位互換ではない。
なぜなら、神戸には神戸にしかない魅力があるからだ。
神戸市民の多くは、休日になると吸い込まれるように梅田や難波へ出かける。大阪の百貨店で買い物し、巨大商業施設を巡り、ユニバで遊び、高級ホテルでディナーを楽しむ。
これを見て「神戸には遊ぶ場所がない」と嘲笑うのはお門違いだ。JR新快速でわずか20分という距離に「大阪」という巨大な24時間営業のエンタメ施設があるのだから、わざわざ神戸市内に同じものを作る必要などない。
大阪には超高層ビルがそびえ立ち、世界的大企業の本社が集積している。一方、神戸の街並みは実に静か(あるいは閑散)だ。
なぜ、神戸には高層ビルが建たないのか。なぜ、名だたる大企業の本社がこぞって大阪へ逃げ……いや、移転していくのか。なぜ、三宮の百貨店の売り上げが大阪の足元にも及ばないのか。
答えはシンプル。神戸が「ちょうどいい都会」を目指しているからだ。
たまたま本社機能が大阪に集中し、たまたま商業施設が大阪に集まり、たまたま若者が大阪へ買い物に行くだけ。神戸はあえて経済競争という泥仕合から降り、大阪の発展を特等席で見守るという「真の大人」のポジションを確立している。
「神戸はオシャレだ」とよく言われる。確かにその通りだが、正確に言えば「旧居留地の数百メートル四方だけが奇跡的にオシャレ」なのだ。
一歩そこを外れれば、高架下には昭和の哀愁が漂う混沌とした世界が広がっている。しかし、それでいい。
あのわずか数百メートル四方のヨーロッパ風の石造り建築とブランドショップの残像だけで、神戸は「関西のファッショニスタ」としてのプライドを保ち続けている。
全域をオシャレにするなど税金の無駄使いだ。コストカットし、ピンポイントで一点豪華主義を貫く。このコスパの良さこそが神戸の真髄だ。
大阪や京都には年間数千万人の外国人観光客が押し寄せ、どこもかしこも大混雑している。一方、神戸は実に対照的で、インバウンドの波からは綺麗に置き去りにされている。
これは観光資源がないからではない。神戸が「知る人ぞ知る秘密の隠れ家」だからだ。
大阪・関西万博の際、大阪のホテルが満室になったため、溢れた観光客が神戸に流れてきたことがあった。これこそ都市の完璧な役割分担だ。
神戸空港の国際化(国際チャーター便などの運用)は大々的に報じられたが、皮肉にも神戸市の人口減少と高齢化には歯止めがかからない。若者や企業は、吸い込まれるように大阪へと流出している。
しかし、これも都市の魅力が低下しているわけではない。
「大阪まで20分で行ける場所に住みながら、人が少なく静寂を得られる」ことこそが、今の神戸の最先端の価値なのだ。静かに暮らしたい高齢者にとって、これほど贅沢な環境はない。
結論として、神戸は大阪の下位互換ではない。「下位互換」とは、同じ土俵で戦って負けているものを指す言葉だ。神戸はそもそも大阪と戦う気などサラサラない。
大型商業施設も、エンタメも、企業の雇用も、国際空港ネットワークも、すべて大阪のインフラを利用させてもらう。自分たちはただ、海と山に挟まれた狭い土地で、数百メートル四方のオシャレ空間を愛でながら暮らすだけ。
「自分では何も持たないが、大阪まで電車で20分で行けること」――これこそが、神戸が誇る最大の、そして唯一の魅力なのだから。
